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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2763号・平12年(ネ)1887号 判決

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)は、控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)に対し、金八四万八六八七円及びこれに対する平成九年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、控訴につき第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決は控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴

1  控訴人

(一) 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、原審認容部分も含めて三二〇万〇六三二円及びこれに対する平成九年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴

1  被控訴人

(一) 原判決を取り消す。

(二) 控訴人の請求を棄却する。

(三) 控訴人は、被控訴人に対し、金二三万二五六〇円及びこれに対する平成九年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

2  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の補充主張

1  本件暴行の結果、控訴人は、両上顎骨骨折、上顎左側側切歯亜脱臼、同犬歯動揺、下顎右側側切歯動揺、下側左顎中切歯動揺、下側左顎側切歯動揺の障害を負い、下顎右側中切歯部の差し歯を失ったもので、右動揺が生じた歯のうち、下顎右側側切歯と下顎左側中切歯については間もなく抜歯を余儀なくされ、他の歯についても徐々に動揺が進行しており、上下顎各二歯に歯牙補綴等の治療を要する状態にある。

なお、歯牙補綴等の治療は開始されていないが、それは控訴人が平成九年七月二四日に心筋梗塞の発作を起こし、発作から三年間程度は歯科治療における麻酔使用が再度の発作を誘発しかねないため、これを見合わせているからである。

したがって、この歯牙補綴等の治療に要する費用一二九万一五〇〇円は本件暴行と相当因果関係のある損害である。

2  本件暴行の態様、結果、控訴人に落ち度のないこと等を考えれば、原判決が認めた慰謝料五〇万円は明らかに低すぎる。

3  なお、被控訴人は、本件暴行後の控訴人の行為が必要性を欠いた違法行為であるとするが、控訴人が次の停車駅で被控訴人が逃げると考えたことは当時の状況からして当然であり、控訴人は逃走を防ぐために被控訴人を取り押さえたに過ぎず、座席横のポールに被控訴人の頭を意識的に打ち付けることなどしていない。すなわち、控訴人は、被控訴人の逃走を阻止して警察に引き渡すために必要な行為以外は行っていないのだから、控訴人の行為が適法であることは明らかである。

二  被控訴人の補充主張

1  被控訴人は、控訴人に対して暴行を行った後、元の位置に戻って吊革につかまっていたところ、控訴人は「この野郎、なめんなよ」と言って全く抵抗をしていない被控訴人の頭髪をつかんでヘッドロックをかけ、被控訴人の頭と座席横の鉄製のポールを一緒に腕で巻いて被控訴人の頭を繰り返し右ポールに打ち付けた。このような行為は明らかに反撃のためのものであり、被控訴人が全く無抵抗であったことを考えれば必要性を欠いた違法行為であるといわなければならない。したがって、被控訴人の反訴請求は認容されるべきである。

2  傷害などの事件における慰謝料は、通常「損害賠償額算定基準」を基準に定められるものであり、本件では通院日数は僅か六日であり、期間を最大限にとっても二月一〇日から三月一九日までの一か月と一〇日にすぎないから、右基準によれば慰謝料の額は三二万円であって、五〇万円という慰謝料は明らかに過大である。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

当裁判所は、控訴人の請求は、被控訴人に対し、八四万八六八七円及びこれに対する平成九年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余の控訴人の請求及び被控訴人の反訴請求はいずれも棄却されるべきであると判断する。その理由は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書四枚目裏九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 以上に対し、被控訴人は、<1>控訴人がまず興奮した様子で身振りも交えて「うるせんだよ、この野郎」と大声で怒鳴ったため、被控訴人は、これに応えてすぐに音量を下げたこと、<2>しかし控訴人は被控訴人との間にいた二人の乗客をかきわけながら被控訴人の左前方にきて「うるせんだよう、この野郎」と再度大声で怒鳴り、新聞を棒状に丸めたもので被控訴人の左肩を数回殴打した上、体を被控訴人の方に向けるように思い切り左肩を突き飛ばし、さらに「うるせんだよー、この野郎」などと言いながら、被控訴人の左耳に着いていたイヤホンのコードを引きちぎるように被控訴人の左側面から前方に向けて叩き落としたこと、<3>被控訴人は控訴人の左頬を殴ったことはないこと、<4>控訴人は、本件暴行が終わって元の位置に戻った被控訴人に対して「この野郎、なめんなよう。」と言いながら、右腕を被控訴人の首にかけて締め上げ、左手で頭髪をわしづかみにし、いわゆるヘッドロックをかけて何回も被控訴人を投げ飛ばそうとした上、右手で髪の毛をつかみ、左腕を首に巻き付け、頭、首、顎等を座席の角にある鉄製のポールに四、五回思い切りぶつけたこと、<5><4>の暴行の間被控訴人は抵抗をせず、やめてくれと何度か言ったことなどを供述している(以上は、主として乙二一による。)。

しかし、控訴人は右事実の大部分を否定する供述をしているところ、被控訴人の警察官に対する供述調書(甲一の1)では<1>以外はおおむね右供述に沿う供述がされているものの、検察官面前調書(甲一の6)ではそのような供述はされていない。そして、その供述内容を検討すると、CDプレーヤーの音量を最大にしながら動いている電車内の少し離れた控訴人の怒鳴り声が聞こえたとしていること(なお、この点はその後控訴人の口の動きがそのようなものであった旨供述を変更している。)、動く電車の中で左肩を思い切り突き飛ばされながら若干の体勢の崩れがあったにとどまったとしていること、鉄製のポールに思い切り四回から五回も頭部等をぶつけられたというのに、その痕跡を示す証拠の提出がされていないこと、控訴人の左顎部には骨折という明らかな暴行の痕跡が残っており、左頬は殴っていないとする被控訴人の供述とは一見矛盾していること(この点は、控訴人が被控訴人の頭部を鉄製ポールに打ち付けている際に被控訴人の頭部が控訴人の左頬部に当たったのではないかと説明しているが、これもそのように断定できる根拠はない。)などの疑問があり、被控訴人の供述はそのままでは直ちに信用することができない。すなわち、被控訴人は控訴人の言動を誇張して供述している可能性を否定できず、本件で控訴人供述のような被控訴人の挑発行為や暴行があったと断定できるだけの証拠はないといわなければならない。」

二  原判決書五枚目裏五行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。

「 また、証拠(甲一一、乙一二、一三、控訴人本人)によると、本件暴行の直接的な治療として下顎の二歯の抜歯と即時可撤性部分床義歯を処置し、また、下顎ほどではないが動揺の強い上顎左側側切歯は両隣の歯に接着固定して経過を観察した上歯髄を抜いたこと、控訴人は本件事件以前から重度の歯周病にり患し、その治療及び上顎左側第一大臼歯及び下顎左側第二小臼歯の根管治療が途中中断した状態であったこと、現在の控訴人の歯牙を含む口腔内の症状の治療としては残存する各歯牙を連結固定して全体の動揺をおさえ、清掃管理を徹底し、咬合の安定のために臼歯部及び前歯部の欠損部位には欠損補綴、残存歯連結及び歯冠補綴が必要であることが認められる。ところで、市村良雄医師の調査嘱託に対する回答では、「事件により動揺が増した歯牙とその他事件と関係ない歯周疾患により動揺の進行している歯牙との明らかな原因の差異は特定できない」とされている。

基礎疾患があるため、症状の進行増悪が暴行によるものであることを特定できなくとも、暴行が基礎疾患と共同してその自然の経過を超えて症状を増悪・進行させ、あるいは症状の増悪・進行を早めたと認められる場合には、右症状の増悪・進行と暴行との間には相当因果関係があるというべきである。そして、本件では、被控訴人の暴行によって控訴人は前記のとおり両上顎骨骨折、上顎左側側切歯亜脱臼、下顎右側側切歯動揺、下顎左側中切歯動揺など重い傷害を負っており、一応の治療を受けたとはいえ、医師も前記のとおり歯牙の動揺及びその進行が専ら歯周疾患によるとはしていないことを考えれば、本件暴行も共同の原因となって控訴人の有する基礎疾患である歯周疾患の症状の増悪、進行をもたらしたものと認めることができる。したがって、本件暴行と現時点における控訴人の歯牙の動揺等の症状との間には因果関係があるといわなければならない。」

三  原判決書六枚目表一行目冒頭から同五行目末尾までを次のとおり改める。

「3 控訴人は、上下顎各二歯等の欠損、亜脱臼、動揺等の後遺症が残り、これらの症状につき歯牙補綴等の治療を行うについてその治療費として一二九万一五〇〇円が相当であると主張し、市村歯科診療所の笛木貴医師作成の治療費見積書(甲七)には右治療費の見積りとして一二九万一五〇〇円が計上されている。しかし、他方で市村医師の調査嘱託に対する回答では、控訴人に対する初診、再診、歯周病治療、歯冠補綴を行う歯牙の根管治療及び歯牙補綴、部分床義歯などすべての処置料を含んだ治療費がおよそ三二万七三二〇円とされている。笛木医師作成の見積書の算定根拠が明らかではないのに対して、市村医師は控訴人の最近の歯科治療に当たった医師であって、前記調査嘱託に対する回答は、その治療経過や治療の必要性を十分に検討考慮した上のものであるから、笛木医師の見積りに比して尊重に値し、十分に信用できるというべきである。

もっとも、右市村医師の回答によれば、初診からのすべての処置料を含んだ金額として三二万七三二〇円が計上されているところ、その趣旨に明確ではない部分があり、これまでの既治療分七四五〇円(甲五の1、2)が含まれている可能性がある。

また、前述のとおり、控訴人の歯牙の動揺の増悪・進行、すなわち上下顎各二歯等に歯牙補綴の治療を要することによる損害と本件暴行との間に相当因果関係を肯定することができるが、このような症状の増悪・進行は、本件暴行ばかりではなく控訴人が本件暴行前からり患していた基礎疾患である歯周疾患も共同の原因となっており、しかも右基礎疾患は重いものであったのであるから、右治療にかかる損害のすべてを被控訴人に負担させることは公平を失するというべきである。したがって、本件では民法七二二条二項の規定を類推して右治療費相当の損害のうち五割を減じ、控訴人は被控訴人に対して右治療にかかる損害の五割を請求できるというべきである。

そうすると、本件暴行による歯牙の動揺の増悪・進行に係る控訴人の損害は、市村医師の回答による三二万七三二〇円から右金額に含まれている疑いのある既治療分七四五〇円を差し引いた三一万九八七〇円の五割である一五万九九三五円となる。」

四  原判決書六枚目表八行目の次に行を改めて次のとおり加え、同九行目の「七万円」を「八万円」と改める。

「 なお、控訴人は、本件暴行の態様、結果、控訴人に落ち度のないこと等を考えれば、原判決が認めた慰謝料五〇万円は明らかに低すぎると主張し、他方被控訴人は、通院日数は僅か六日であり、通院期間も最大限一か月と一〇日にすぎないから、慰謝料の額は三二万円程度であると主張する。しかし、本件暴行の態様、控訴人が負った傷害の程度、今後の治療の必要性、本件不法行為後の経過、控訴人及び被控訴人の年齢など本件に現れた事情を考慮すれば、控訴人、被控訴人いずれの主張も失当であり、本件における慰謝料の額は五〇万円が相当である。」

第五結論

そうすると、控訴人の請求のうち、八四万八六八七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一〇月三〇日から民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の請求及び被控訴人の請求は失当として棄却すべきである。よって、原判決主文第一、二項を変更した上、附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項本文、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 笠井勝彦 裁判官 田川直之)

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